ニューヨーク・ブラックカルチャーfromハーレム
New York Black Culture Trivia 2006.10.26
堂本かおる の 『from ハーレム』 (No.81)
「アメリカ移民物語 #02
アラブ・ユダヤ系ロックミュージシャン in NY」
New York Black Culture Trivia #416
ニューヨーク・ブラックカルチャー・トリヴィア
以下は雑誌 U.S.FrontLine 2005年12月第2週号に掲載したものです。
ウエブにもアップしてありますので、そちらでも読んでいただけます。
http://www.nybct.com 「全エッセイ一覧」コーナーへ。
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アメリカ移民物語 #02
氏名:ジョナサン・サレム
出身国:グアテマラ
年齢:27歳
アメリカ移住時の年齢:19歳
職業:ミュージシャン、オーディオ技術者
http://www.myspace.com/jonathansalem
「中米出身だけどユダヤ系。自分のことをラティーノとは思えないんだ」
ジョナサン・サレム(グアテマラ)
僕の家族は、とても複雑な背景を持っている。父方の祖父母はエジプトと
レバノン出身のアラブ系ユダヤ人で、南米のペルーに亡命したんだ。
ユダヤ系に対する迫害から逃れるためで、当時は本人たちが行き先を選べる
状況ではなく、飛び乗ることが出来た船がたまたまペルー往きだったんだ。
ペルーに落ち着いた祖父母は子宝に恵まれなかったので、養子をもらうこと
にした。養子斡旋業者に頼んだそうだが、ユダヤ系は自分の子を養子に出す
ことはしないので、子どもの出自にこだわることはできなかった。
結局、斡旋業者が見つけてきたのは、なんとニューヨークの子どもだった
んだ。この男の子の出自は不明だったものの、顔立ちなどからアイルランド
系かイギリス系ではないかと、みんな思ったそうだ。この「アイルランド
系かもしれない」男の子が、僕の父親なんだ!
父はペルーでユダヤ教徒として育ち、グアテマラに住む、やはりアラブ系
ユダヤ人女性、つまり僕の母と結婚し、グアテマラの首都、グアテマラ
シティに移り住んだ。この夫婦にもやはり子どもが出来なかったので、
2人の養子を取ったんだ。祖父母の場合と同じで、子供の出自などを選ぶ
ことはできなかったので、自分たちと同じスペイン語圏からの養子を取った
のは偶然だった。ところが、2人の養子を引き取ったあとになって、なんと
母は妊娠し、それで生まれたのが僕なんだ! 僕はいわば、間違いで生まれ
落ちた子供なんだよ(笑)。
■アメリカンロックが反抗の証
グアテマラ人の9割以上はインディオと、メスティーソと呼ばれるインディオ
と白人の混血だ。国全体がとても貧しく、ほんの一握りの白人やユダヤ系が
特権階級なんだ。
両親は共に不動産関連の仕事をしていて、僕の子供時代も恵まれていたよ。
リッチな家庭の子供はアメリカンスクールに通うんだが、母は自分が通った
アメリカンスクールに僕も通わせた。当時のグアテマラは今と違って平和(*)
だったしね。
7歳の頃だったと思うけれど、ある日、僕は新しいサッカーシューズが
どうしても欲しくて、母にねだっていた。もう「この靴を手に入れないと
生きていけない!」くらいに欲しくてしょうがなかった。その時、家で雇って
いた庭師が母に昇給を頼みに来た。彼が望んだ昇給額は、サッカーシューズ
の値段よりもはるかに少ない、ささやかな額だった。
あのことが僕を変えたと思うんだ。貧しい人たちに囲まれて、自分たちだけ
が豊かであることに違和感を覚え始めた。ティーンエイジャーになると、
すごく反社会的になったね。母は僕を“コミュニスト”って呼んだよ(笑)
同時にアメリカのパンクロックに夢中になった。ガンズ&ローゼズとか、
ニルヴァーナとか、反抗的な音楽はなんでも好きだった。そもそもグアテマラ
シティはとてもアメリカナイズされた都市で、マクドナルドもあれば、
アメリカのロックもとても人気があったんだ。僕も独学で音楽を学び、バンド
を組んで、本気でロックスターになろうとしたよ。
■イスラエルとアラブで知った自分の核(コア)
高校を卒業した後、6ヶ月間イスラエルに行ったんだ。在学中から“マカリ”
という、ユダヤ系青年の運動グループに参加していた。僕はそれほど熱心な
ユダヤ教徒ではなかったが、グループ活動は楽しかったからね。しかし、
イスラエル行きは僕にユダヤ教徒としての自覚を改めて与えてくれた。まさに
衝撃だった。周辺のアラブ諸国にも行き、ユダヤ人もアラブ人もルーツは
同じなんだ、争うなんてバカげているって気付いたんだ。
いったん帰国し、それからアメリカの大学に留学するつもりだったが、
アメリカ留学に必要なSATテストを受けなかった。自分のアイデンティティ
を考え続けるのに夢中だったんだ。だから留学先をメキシコの大学に変えた。
メキシコには中南米のリッチな白人家庭の子弟が集まる一流大学があってね、
僕もそこに入学した。
大学のレベルはとても高く、そのことにはとても満足したよ。しかし、
メキシコも大多数の貧しいインディオと、ほんの少数のリッチな白人という、
グアテマラと全く同じ構成の国だった。それに嫌気が差してSATを受け、
フロリダの大学に転入した。
フロリダではマーケティングを専攻したが、音楽はずっと続けていた。実は
メジャーデビューの寸前までいったんだ。ところが、バンドメンバーの
ひとりのビザが切れて帰国せざるを得ず、それでデビューの話も立ち消えに
なってしまった。
その後、自分の本当にやりたいことは「音楽をやる」ことであって、
「ロックスターになる」ことではないと気付いた。だから1年前にニュー
ヨークに移り、自分の音楽を続けながら、オーディオ・テクニシャンとして
働き始めた。ライブ会場で音響を管理するんだ。
■ユダヤ系? ラティーノ?
近いうちに、2〜3ヶ月の予定でグアテマラに帰るんだ。2週間ほど前、
ライブ会場の機材搬入時にピアノが足の上に落ちてきてね、手術を受けた。
今も松葉杖をついてるだろう? 治療費はすべて会社が掛けている保険から
出たよ。グアテマラでは考えられないことだ。アメリカは、こういうとこ
ろが素晴らしいね。でも、この状態では仕事はできない。ニューヨークと
いう街、オーディオ技術者という仕事が要求する機能性を、僕は今、失っ
てる。だから国に帰るんだ。
実は、国の友人がグアテマラの状況を変えるための団体を作ろうと言って
きている。参加するかどうかは、まだ分からない。もし、国で良い仕事が
見つかれば就職して、参加するかもしれない。正直いうとアメリカには
嫌なところもたくさんあるし、永住はしないと思うが、それでも仕事の
可能性はグアテマラより格段に高く、これもアメリカの素晴らしい点の
ひとつだね。だから戻ってくるかもしれない。そもそも僕はギターと着替え
を詰めたバッグ1ヶあれば、どこでも暮らせる人間だから、移動は苦に
ならないんだ(笑) 音楽はどこに行っても一生続けるしね。
アメリカのもうひとつのいい点は、いろいろな人間がいて、人種やエス
ニックは関係ないことだ。もっとも、僕が中米出身のユダヤ系だと知ると、
たいていの人は驚く。仕事で知り合ったユダヤ系の女性ですら「中米に
ユダヤ系がいるなんて! あなたを両親に会わせてみたいわ」って言ったよ。
実際には僕はアメリカのユダヤ系社会とは一切関わりを持っていない。
複雑過ぎるからね。まず、出身地の違いによるセファルディーとアシュケ
ナージの区別(**)、それから信仰の度合いによってオーソドックス
(正統派)、コンサバティブ(保守派)、リフォーム(改革派)、さらに
ウルトラオーソドック(超正統派)と、グループが分かれている。
メキシコからの移民だけは、僕に対する反応が少し違う。ライブ会場に
機材を運ぶ仕事をしているメキシコ人も多いが、僕がグアテマラ出身で
スペイン語を話すことを知ると怪訝な顔をする。そして僕を「ホワイト
ボーイ」と呼ぶんだ。ヘンだよね。もっとも、いったん仲よくなって
しまえば、その後は問題なくなるよ。
僕自身も自分のことをラティーノとは思えないんだ。たとえばプエル
トリコ系パレードはキューバ人なら一緒に楽しめるだろうし、メキシコ人
だって参加できるかもね。彼らの文化、特に音楽は好きだけど、僕の
持っている文化とは全く異なっている。
いろいろな書類に人種やエスニックを記入する欄があるだろう?
「次の中からあてはまるものを選べ:白人、黒人、アジア系、ヒスパ
ニック/ラティーノ……」 僕は空白のまま提出するんだ。ー end ー
*1996年の内戦終結後、逆に治安が悪化し、銃による犯罪発生件数が
年々増えている
**ドイツやポーランドなどの東欧系ユダヤ人をアシュケナージ、スペイン、
ポルトガル系ユダヤ人をセファルディーと呼ぶ。セファルディーにアラブ系
を含める場合もあり、ジョナサンも自身の家系をセファルディーと捉えている
***『アメリカ移民物語』の他の章は以下にあります。
http://www.nybct.com
2006/10/26
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■ルイール連載エッセイ "125th Street, Harlem"もよろしく!
12月号(11月28日発売)は『ハイスクール・ドロップアウト・
ブルース』 http://www.rittor-music.co.jp/hp/lu/index.html
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2006/10/26 #416
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