ニューヨーク・ブラックカルチャーfromハーレム

ニューヨーク・ブラックカルチャーfromハーレム

New York Black Culture Trivia
New York Black Culture Trivia 2003.08.26
堂本かおる の 『from ハーレム』 (No.61)

「黒人に関する論文って?」




                 ・日曜日・

    停電の夜はかなり暑かったけれど、あれから10日経った今日は日中も 涼しかった。夏もだんだんと終わりに近づいているのだろう。それでも 近所のバスケットコートでは、少年たちが相変わらずボールに群がって いる。今年の夏はウルトラ・ビッグ・サイズの白いTシャツが流行った ので、コートでもいくつもの白い影が走ったり、ジャンプしたり、 シュートしたりしている。

    そういえば、去年までは“ショーンジョン”のTシャツをやたらと見 かけたけれど、今年はあまり見ない。さすがのP・ディディーも霊験あ らたかではなくなってきたのか。いずれにせよ、ストリートブランドの Tシャツは安くても25ドルはするから、3枚10ドルの白いノンブランド Tシャツの流行は少年たちには有り難かっただろうな。それに飽き足ら ないファッション上級者は白をベースに、ベイビーピンクをアクセント カラーに使ったコンビネーションをしている。マッチョ嗜好なヒップ ホップ世代が淡いピンクを着出したのには驚いたけれど、やはり数は少 ないし、そもそもかなりのセンスがないと着こなせないみたい。

                 ・月曜日・

    ハーレムにノース・ジェネラル病院という大きくてきれいな病院があ る。入院している義母を見舞いに行って驚いた。入院病棟の壁にキー ス・ヘリングの版画がたくさん飾ってあるのだ。自筆のサインがあった から、複製ポスターではなく本物だ。

    病室で寝ている黒人やラティーノのお婆さんたちは、キース・ヘリン グのことなどもちろん知らないだろう。彼は80年代にダウンタウンを ベースに活動し、特に地下鉄駅の黒い広告用スペースに白いチョークで パフォーマンス的に描いた絵で有名になった。エイズにより88年に他界 したが、ニューヨーカーにとっては永遠のアイコンともいうべき存在 だ。けれど彼の絵は、ハーレムのお婆さんにとっては「子どものラクガ キみたいにヘタな絵」だろう。ハーレムとキース・ヘリング……妙な取 り合わせではある。一枚くらい、私がいただいてもバレないか?

    キース・ヘリング公式サイト http://www.haring.com

                 ・火曜日・

    ここでちょっと真面目な話。読者の方から、よく「卒論」に関する メールをいただく。社会学、人類学、英米文学などを学んでいて、なお かつ黒人文化に関心のある人が、なにかしら黒人に関する卒論を書こう とする。けれど、なかなか筆が進まず、そこでワラにもすがる思いで (もしくはもっともお手軽な相談先として)、私にメールで質問、とな るようだ。

    とはいっても、いろいろな人がいる。既にかなりのリサーチを進めて いて、「けれど、ここだけがどうしても判らないので、参考文献を教え て下さい」とか、中には「ハーレムまでフィールドワークに行くので、 参考意見を聞かせて下さい」とか。ここまで真剣に取り組んでいる人た ちなら、出来る範囲でお手伝いしたいと思う。

    ところが、「なにを書いていいのか判りません。よいテーマを教えて ください」には驚く。大学で3年学んで、それでも卒論のテーマを自分 で決められないというのは、これは日本の教育になにか重大な欠陥があ るのではないかと思う。さらに、アメリカの大学に留学中の男性からの 「あなたのエッセイを卒論に引用したいけど、英語が苦手なので英訳し てください」というのがあった。高い学費を出している彼のご両親が気 の毒になったと同時に、日本ももう終わりかも、と思った。

    それはさておき、たくさんの“卒論メール”を読んでいて、気付いた ことがある。熱心な、または視点がしっかりしているな、と思える人 は、ほぼ例外なく黒人社会の「現状」をテーマに選んでいる。具体的に はハーレム再開発、黒人青少年の意識、ゴスペルを取り巻く事情などい ろいろなのだけれど、とにかく「今」に関するリサーチをしている。

    ところが、多くの人は「黒人史」に足を取られてしまっている。これ は、理解は十分にできる。アメリカ黒人といえば、やはり「奴隷」と 「差別」という強烈な歴史。けれど、その強烈さに目が眩んでしまい、 黒人を「過酷な歴史を背負って生きてきた人たち」という視点でのみ捉 えているようだ。そういった人たちの中では、200年前に綿花畑で働か されていた奴隷と、2003年に生きているアフリカンーアメリカンが「イ コール」になっているようなのだ。

    現在も多くのアフリカンーアメリカンが白人よりも厳しい生活環境に あるのは、言うまでもなく奴隷制という歴史の後遺症。けれど、個々の アフリカンーアメリカンが抱えているトラブルのすべてが奴隷制のため に起こっているわけではない。ひとりひとりの人間を見ずに、すべての アフリカンーアメリカンを「かつて奴隷だった(可哀相な)者たち」と いう集団として捉えると、そのリサーチは必ず失敗するはずだ。

    もうひとつの問題は、黒人文化に興味を持つ人の多くが、黒人社会ま たは黒人文化「だけ」を見ようとすること。アメリカに「黒人問題」が あるのは、それは中央に「白人社会」があればこそ。アメリカの人口の すべてが黒人なら「黒人問題」など起こりようもない。

    だから黒人に関するリサーチをする場合、基礎知識としてアメリカの 白人社会(メインストリーム社会)のことを知っておかなければならな い。判りやすい例で言えば、ヒップホップについてリサーチするなら、 ヒップホップそのものだけを研究するのではなく、それが白人社会にど んな影響を及ぼしているか、まで視野に入れる必要がある。なぜなら ヒップホップが白人にも大ウケしていることが、ヒップホップの作り手 たちに少なからずフィードバックしているからだ。さらに抜かりないリ サーチを目指すならば、ラティーノ、アジア系との関係までチェックす るべし。

    言うまでもなく、アメリカには「白人vs.黒人」の構造がある。この2 グループの間には、やはり緊張感があり、特に人種問題についてのディ スカッションは時にタブーだ。ところが、私たちは都合のいいことに (?)アジア人。対立構造のどちらにも与していない。つまり、どちら のグループからも「存在感のないやつ」「どーでもいいやつ」と、あし らわれることが多い反面、敵対心や緊張感を持たれないので、相手の口 が軽くなり、思わぬ本音が聞けることもある。つまり、アメリカに於け る黒人のポジションを知りたければ、「客観的な目を持つコウモリ人 間」となって、黒人・白人の両者と話をするべきなのだ。

    もちろん、日本に居ながらにして上記のようなリサーチはなかなか出 来ないし、日本語の文献にしても黒人関連は歴史モノばかりで、現状を 知ることができるものは少ない。けれど、今はインターネットがある。 たくさんの有用なサイトがあるし、amazon.comで買えない本はない。 アメリカのサイトの掲示板で質問をするという手もある。英語でのリ サーチがしんどいのは重々承知だけれど、研究の対象がアメリカ人(ア フリカンーアメリカンもアメリカ人よ)なので、こればかりは仕方ない。

    以上、卒論に関する、私に出来る範囲のアドバイスです。悩める大学 生の皆様の参考になれば幸いです。

    ****************

    ◆New York Black Culture Trivia 堂本かおる(フリーライター)
    HP: http://www.nybct.com
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書・木村怜由

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