ニューヨーク・ブラックカルチャーfromハーレム

ニューヨーク・ブラックカルチャーfromハーレム

New York Black Culture Trivia
New York Black Culture Trivia 2002.11.06
堂本かおる の 『from ハーレム』 (No.53)

最近観た映画「ペイド・イン・フル」@ハーレム




    「Paid in Full」は1986年のハーレムを舞台に、親友同士の3人のド ラッグ・ディーラーの姿を描いたものです。最初は「またハーレム=ド ラッグかぁ」と少々がっかりしたのですが、実はハーレムを舞台にした 映画は最近はあまり作られていません。1970年代のブラックスプロイ テーション・ブーム時には「スーパーフライ」を始め、盛んに作られま したが、その後は「シュガーヒル」「ジュース」、変わりダネでは「ブ ラザー・フロム・アナザー・プラネット」くらいでしょうか。

    ストーリーは、よくある「犯罪に手を出すと結局はイタい目に逢う」 という教訓もので、まあ、目新しくはありません。けれど新進気鋭の俳 優ウッド・ハリス演じる主人公の“シャイなドラッグ・ディーラー”振 りが実に素晴らしいのです。彼の演技とハーレムの街並みを観るだけで も充分にモトは取れます。

    ウッド・ハリスは、こちらのケーブルTV局HBOの「The Wire」(*1) では、顔色ひとつ変えずに人殺しをする非情なドラッグ・ディーラーを 演じていました。ところがこの「Paid in Full」では、クリーニング屋に 勤めていた地味な青年が成り行きからディーラーとなり、大物になって も人の好さと内気さは相変わらず、という役どころ。純朴さ丸出しの照 れた笑顔などは「The Wire」でのシャープな演技を先に見ていた観客に は衝撃に近いものでした。このウッド・ハリス、スポコンの苦手な私は 観ていないのですが、デンゼル・ワシントン主演のフットボール映画 「タイタンズを忘れない」にも出ているようです。

    ところで、この映画のポスターではウッド・ハリスよりも認知度の高 いメカーイ・ファイファー(*2)が、まるで主役のように真ん中に収 まって写っています。彼が演じるのは陽気でハデ好きな人気者のドラッ グ・ディーラーで、ややタイプキャストですね。そういえば彼は先月か らはあの「ER」で医者を演じています。もうひとりの主要キャストは ラッパーのキャムロン。こちらは短気で人を殺しまくるディーラー役で すが、彼は本当にハーレム出身。この3人が1986年のハーレムをバック に披露してくれるオールドスクール・ファッションは楽しいです。(キャ ムロンの衣装はちょっと90年代風ですが)

    他に80年代を物語るディテールとしては、現在もハーレムに住むオー ルドスクーラー、ダグ・E・フレッシュがカメオ出演。あと、アル・パ チーノ主演のギャング映画「スカー・フェイス」に黒人ディーラーたち が感化され、過激な殺人が流行るというくだりがあります。これは実話 で、壮絶な殺人シーンだらけの「スカー・フェイス」は、いまだにラッ パーたちのフェイバリット・ムービーNo.1なのです。以前、MTVのアメ リカ版「スターのお宅拝見」のような番組「Crib」のラッパー編を見た のですが、大物ラッパーたちの豪邸に「アル・パチーノ祭壇」が飾られ ていたのを覚えています。

    この映画で気を付けて見て欲しいところは、成功したディーラーたち のライフスタイルです。止めどもなく流れ込んでくる札束は黒いゴミ袋 に詰め込まれ、それが部屋の隅で山積み状態。それでも3人はハーレムに 留まり、ハーレムこそが彼らの生活の全てであることを見せます。夜中 にハンバーガー・スタンドの前に集まって騒ぎ、高価なスポーツカーを 買っても(当時は四駆はまだ流行っていませんでしたね)乗り回すのは ハーレムの中だけ。食事も近所にある安い中華料理屋のテイクアウトで す。多くの黒人は自分たちのコミュニティを出ません。特にディーラー のように低学歴の者は、子供の頃からハーレムを出るチャンスがありま せん。自宅と学校と近所のバスケットコートと、ジャンクフードを買い 食いする食料品屋だけが彼らのテリトリーなのです。

    彼らはハーレムから外に出ることに対して、私たちには想像し難いほ どの心理的なプレッシャーを感じています。彼らにとっては自分たちの コミュニティこそが“安全地帯”に思えるのです。なぜならハーレムの 外は自分たちを抑圧する世界だからです。今時、黒人がダウンタウンに 出掛けたからといってリンチに合うようなことはもちろんありません。 それでもブティックに入れば万引きをするかもしれないと警備員に後を 付けられ、タクシーに乗りたくて手を挙げても停まってくれない…、こ ういったことが重なると、それは人の気持ちを押し潰していきます。

    それにしてもハーレムの街並みは、なんとも言えない独特の枯れた雰 囲気を持っています。ごくありきたりのストリートが写っただけで 「あ、ハーレムだ」と分かります。クラシックな外観のアパートメン ト・ビル、スティープと呼ばれる建物入り口の階段、そこにたむろする 人々。ハーレムは本当に絵になる街です。加えて自分の知っている場所 が画面に登場しようものなら地元民としてはやはり嬉しさ倍増で、ハー レムのマジック・ジョンソン・シアターでは観客も盛り上がっていました。

                ・・・・・

    この作品を監督したのはチャールズ・ストーン三世。日本ではオンエ アされなかったようですが、一昨年のバドワイザーのTV-CMに 「Whassap?!」というのがありました。若い黒人男性5人が自宅でくつ ろぎながらお互いに「ワサ〜ップ?!」をひたすら繰り返すだけの、まっ たく他愛のない馬鹿馬鹿しいCMなのですが、なぜかこれが可笑しくて、 可笑しくて、大ヒットとなりました。

    このチャールズ・ストーン三世、以前はア・トライブ・コールド・ク エストなどのPVを作っていたそうですが、「ワサ〜ップ?!」で瞬く間に 時の人となり、このたび「Paid in Full」と、もうすぐ公開になる 「Drumline」で、ハリウッド映画2本連続デビューと相成ったのです。 彼のバイオについて詳細は分からないのですが、おそらくハーレム出身 ではないかと思われます。「Paid in Full」での愛情溢れるハーレムの描 写がそう思わせます。また「ワサ〜ップ?!」CMの原型となった彼の ショート・フィルムはハーレムの友人宅で撮影されていますし、次作 「Drumline」はハーレムの天才ストリート・ドラマーがマーチング・バ ンドに参加すべく奨学金を得て南部の黒人大学に進学するという物語で す。ということで、次回は「Drumline」のレビューを乞うご期待ください。

    *1=「The Wire」はボルティモアのプロジェクト(低所得者団地)を根 城にするドラッグ組織 vs 麻薬捜査班の話。ドラッグ・ディーラーたちの キャラクターが複雑に作ってあり、とても優れたドラマです。「スラ ム」のソーニャ・ソーンがレズビアンの黒人刑事、「ストレート・アウ ト・オブ・ブルックリン」のローレンス・ギリアードJr.がディーラーの ひとりを演じるなど、ほとんどオール・ブラック・キャスト。日本で放 映されたら是非観てみてください

    *2=日本ではメキー/メキ/メキーヒ/マカーイ/マーカイと表記が混 乱していますが、Mekhi is pronounced "Meck-high" ということで、メ カーイ・ファイファーが近いでしょうか

    ※ホームページには「Paid in Full」「The Wire」公式サイトへのリンク があります
    http://www.nybct.com

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    ◆New York Black Culture Trivia 堂本かおる(フリーライター)
    HP: http://www.nybct.com
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