指導(教育)と心の力 (No.48)

指導(教育)と心の力 (No.48)


2003.09.15

指導とか教育と言うとなんだか上から下に行う行為ですから言葉の響きが良くないですが、他に適切な言葉がないので仕方なく使いました。
言葉の響きは別として、中国にある日系企業で実際に行う事と言うのは、良い習慣を中国人に説明し、
身に付けてもらうと言う事になります。

会社の中ではつばやタンを吐かないと言う事から始まって、手洗い励行、ゴミは必ずゴミ箱へなどの基本的な事柄。仕事に対する考え方やお客さんが来られた時の応対や電話応対、指示の受け方や報告の仕方など会社内の作法。
多少高度になると部下の指導・教育方法や職場改善の方法なども含まれます。

「北風と太陽」のところで、私は「太陽」であるべきだと言いました。そして、
それを実行する時に「甘やかせるのではない」と言いました。叱るのではなく「ほめる」とも言いました。
でも「厳しさ」について実際にどのようにしているか具体的に説明しなかったのでここでご説明したいと思います。

叱るのではなく「ほめる」。

では、部下がミスをしたりしてはいけない事をしたらどうするかと言う疑問が出ると思うのですが、その事に対する回答です。

先ずは、問題が起こってからではもう遅いので、問題が起きる前にそれを事前に防ぐ方法を採るようにしています。
具体的には例えば中国の地方都市から工員が来たとします。
その時につばやタンを吐かない事やその他基本的な事を説明します。
この時、もちろん就業規則と言った形で書面を渡し、それを一緒に見ながら説明します。
最初はみんな緊張していますし、特に初めて働きに来た場合や、初めて外資系に勤める場合は「どこまでが許されて、どこまでが許されない」そして「許されない事をした場合どのような事になるのか」が解らない内はとても慎重にこれら規則を守りますが、少し慣れて来るとこれまでの習慣からほとんど無意識に規則を破る事があります。
このような場合、「他の社員への影響も考え、厳しくしなけれならない」或いは「罰金を取る」となる事が多いのではないでしょうか?
私も同じようにする事はあります。何度注意してもだめな場合、解雇する事もあります。でも、決して一方的に叱る事はしません。
ではどうするか?それはやはり「聴く事」から入ります。

「つばやタンを吐いてはいけないと言う規則があるのは知っていますか?」
もし、「知らない」となるともう一度最初から説明し直します。
「知っている」となると「知っているのにどうして規則を破ったのですか?」と聞き出します。
この時、色んな回答が出ると思いますが、それに対して根気強く「どうして?」「どうして?」と5回は聴きます。すると規則を破った事の根本的な原因に突き当たります。
「つばやタンを・・・」と言う例では「これまでは気にしていなかった」「少しぐらいはいいと思った」「この場所ではいいと思った」「規則を守ると言う事がそんなに大切だと思っていなかった」「解らないと思った」と色々答えてくれるのをどんどん続いて聞き出します。するとその会話の中で相手がどのように考えているかが解って来ます。そして、叱るのではなくどんどん聴いて行くと最終的に自分自身でも理解していない事に気付いてくれるのです。
つまり、「つばやタンをところ構わず吐く事」は自分の周りで当たり前のように見て来たので心の底ではそれが
「してはいけない事」になっていないのです。

ある社員は「してはいけない事」を規則として渡すと無条件に守ります。これはこれでいいのですが、ある社員は心の底で「してはいけない」と言う事が解っていないのでついしてしまう。
こう言う時はとことん聴く事によって根本原因を探すだけでなく、この社員が「原因を追求する考え方」
を見に付けるいいチャンスなのです。

「してはいけない事」など基本的な規則は本来なら誰もが「何故してはいけないか」を理解しているはずです。それは家庭での教育や学校での教育で身に付けるものもあれば社会的に身に付けるものもあります。でも、それを「してしまう」と言うのは何らかの原因があるわけでそれを一緒になって考え、「何故してはいけないか」の背景も含めて理解してもらえばもう二度と同じ過ちは犯さないでしょう。
仮にまた同じ過ちを犯したとしたらどうするか?その時にはもう一度一緒に考えますがその社員の資質を見極めるいいチャンスです。
もし、もう一度。つまり三度目も過ちを犯すようなら・・・
それは会社で一緒に働く事ができないと判断します。
「また同じ過ちを繰り返すと解雇します」と書面に残し社内的にも発表します。
そして、もし、また同じ過ちを繰り返したら残念ながら会社を去って戴きます。

この過程でのポイントは1:相手に納得してもらう事、2:書面で残す事、3:会社を去る事が相手にとって良い結果だと理解してもらう事です。
ここで私が最も重要視しているのは「3:会社を去る事が相手にとって良い結果だと理解してもらう事」です。
そして、相手がこの事を理解してくれなくても私はこの事を強く信じています。

どのような会社も集団で成り立っています。つまり多くの人が集まって活動するのですがそこにはある一定の価値観が存在します。
ある人にとっては今の会社で働く事で自分自身の能力を発揮できるでしょうが、別の人にとっては必ずしもそうではない。別の会社に言った方が幸せな場合もあると思います。
これは私の信念です。
だから、解雇するにあたっても私は決して感情的になる事はありません。とことん相手の為を考えて一緒に結論を出すようにします。常に相手の事を考え、行動すると言う事を最優先で行います。そうするとみんな解ってくれるのです。それでも万一何か問題が起きたら・・・その時は問題を起こした本人が既に十分に理解しているので円満退社になります。
しかし、これまでの方法を見ていて「面倒くさいな」或いは「そこまで手をかけることはできない」と感じる人もおられるのではないでしょうか?
「規則を書面で決め、罰則規定も決めると言う方法で十分だ」と思われる方もおられるでしょう。

方法論では正しいと私も思います。そして、実際にそのようにする事で成功する人もおられるでしょう。ただ、私が感じるのは中国の日系企業ではその中国社員が日本人に対して抱いている想いがある為、慎重の上にも慎重を重ねた方がいいと思います。
更にここでポイントとなるのは「心の力」です。

「面倒くさい」とか「これだけやったらいいだろう」とか言うのは自分自身に自分が負けていないでしょうか?
中国人との会話で重要な事柄は「筆談」する事をおすすめしましたがその時にも「面倒くさい」と感じられなかったでしょうか?
どんな時でも「やるべき事はやる」と言う強い信念を持っておられたら何の問題もないと思います。たとえ自分勝手な方法で自分の思い通りに会社を経営されてもそれはそれで自己の責任の範囲内ですから何の問題もないでしょう。
でも、心の中に本の少しでも「面倒くさい」と思う心があるのならそれは「心の強さ」が足りないのではないでしょうか?

現場で上述のように指導・教育して行くのは「心の力」が必要です。
自分自身の感情に負けず辛抱強く育てる。それもその人の為を思い、それが会社の為であり、
最終的には会社にかかわっている人達全ての為であることを常に意識して考え、行動すると言うのは「心の力」が必要です。

腹が立つ時でもそれを抑えるのではなく「相手の事を考える」と言うプラスの方向に自分自身方向修正をしなければなりません。
常に「平常心」でいなくてはなりません。そうしなければ「知恵」は出て来ないのではないでしょうか?

「たとえどんな事が起きようとも社員たちを良い方向に導く」と言う「心の力」「信念」
がなければ人に何を言ってもうわべだけの話になると思います。

「本当に相手の事を想っている」と「普段はいい事を言っているが何かの時には自分の感情に負けてしまい相手の事を考えられなくなる」
との違いは言葉では説明できなくても人は敏感に感じるものではないでしょうか?
そして「本当に相手の事を想っている」人だけが人を指導したり教育したりする事ができるのではないでしょうか?

「心の力」

これはちょうど「文科系」のレベルを表すものではないでしょうか?
中国人はこの「レベル」を注意深く観察しその人のレベルに応じた反応をしているだけのように感じます。
そしてもう一つ。その「心の力」を使って、問題が起きる前に、防止策として常日頃から「してはいけない事」や「こうした方がいい」とかを言う事も大切です。
問題が起きてからでは遅いのです。問題は起きる前に予防します。
それには毎日毎日ちょっとしたきっかけに注意を促す。
また、問題が起きそうだと言う事を事前に察知して事前に手を打つ必要があるでしょう。

人によっては「解っている事をくどくど言われると嫌だ」と思うかも知れませんがそんな嫌な事を「心の力」を使って根気強く、辛抱強く説明して行くのも重要な仕事だと思います。
問題が起きてから何かを言うのは誰でもできるのではないでしょうか?それよりも、
起きないように日々「心の力」で社員たちを良い方向に導く。そんな人間に人はついてきてくれるでしょうし、
話を素直に聞いてくれると思います。

残念ながら今はまだ問題が起きてから叱ったり、責めたりする人が多いように思います。
その人が本当に実力があるのならどうして前もって手を打たなかったのでしょうか?
「事前には解らなかった」のでしょうか?それならその人は問題を起こした人と同じレベルではないでしょうか?

中国の日系企業の日本人はどうしても中国人の上に立ちます。
「問題が起きてから行動を起こす」の日本人と「問題が起きる前に行動している」日本人。
いったいどちらが人を動かす事ができるのでしょう?「心の力」があるのでしょう?どちらが上司として認められるでしょう?

全ての問題を事前に察知する事は不可能でしょう。でも、それを意識している人とそうでない人の間にはかなり「心の力」の差、
レベルの差があるのではないでしょうか?

相手を「ほめる」と言う事は相手の「自分は認めてもらいたい」と言う気持ちを満たす事だと申し上げました。そして「太陽」である為には「圧倒的な差」が必要とも申し上げました。
相手を「ほめる」事ができる「心の広さ、豊かさ」は即ち「心の力」の強さでありそのレベルが「圧倒的な差」
でなければ人を指導したり教育したりはできない。そのように感じます。 


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YAMAOKA yoshinori

yammy@mti.biglobe.ne.jp

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